くじらのコラム

お弓とセミ(その五)

更新日:2017/06/01

定置網を経営する水産共同組合事務所の屋根裏で見つかった5体の「せみ」は、大きさ、材質、形、いずれにおいても、悲浦蛭子神社と太地飛鳥神社で現在行われているお弓神事で登場するものと大差ありません。ただ目や口の描かれ方が明らかに異なっています。

セミクジラの上あごから生えているひげは、ヒゲクジラ亜自の他種のそれよりもずっと長く、大きなものでは3メートルを超えるほどです。その長いひげを下から受ける下あごの幅は大きく、またその上縁が湾曲してせりあがっているので、セミクジラの頭部の形状は他のクジラとはずいぶん違うように見えます。水産共同組合事務所で見つかった「せみ」には、このセミクジラの特徴的な口が白い線で表現されています。他の「せみ」よりもずっとセミクジラらしい「せみ」といえるでしょう。

これまで私が見た『せみ』のなかには、墨で年号が書かれたものがありました。最も古いのは昭和20年代のものでしたが、その顔の表現は現在の宅訟のとそれほど変わっていませんでした。このほど見つかった5体の「せみ」には文字が書かれておらず、年代を特定することはできません。ただし屋根裏から、「せみ」に加えて、桶、籍、木箱、そして様々な文書が見つかっており、そのなかには事務所が建てられた大正時代の年号が書かれたものもあります。これらの「せみ」が相当古いものである可能性も考えられます。