太地町とみどころ

太地町は本州の南端、紀伊半島の東側に位置し、黒潮躍る熊野灘に面し、霊場熊野の山々を後に控える自然豊かで、歴史と文化を継承する港町です。
日本人とクジラの付き合いは古く、有史の頃から文献などにしばしば現れ、その中心的な役割を果たしてきた太地町、近くには歴史的価値のある熊野古道と霊場、日本一の那智の大滝、小型クジラ・イルカなどとの触れ合い体験などクジラを中心に新しい町づくりも取り組んでおり、研修や教育旅行などにも適しています。
太陽と豊かな自然、歴史と文化の町、太地町へ是非一度おこし下さい。

「くじらの町」太地町の観光名所、古式捕鯨の史跡、鯨の遊泳および街の様子をドローン撮影を駆使して製作したPR動画です。


概要 おすすめ

カヤック


くじらやイルカとふれあいながら、太地の自然を満喫しよう。
シーカヤックは、海を全身で味わうアクティビティーです。
老若男女を問わず、初心者でも気楽に楽しめます。
カヤックをゆったりと漕ぎながら、くじらの海で森浦湾の自然に身をゆだねると、日常生活では味わえない特別なひとときとなるでしょう。
ご家族でお越しの方は、カヤックで対岸に上陸し、磯遊びをしながら自然を満喫していただけます。
また、SUPで湾内を周遊、海上散歩を楽しめば、カヤックとはひと味違った体験を味わっていただけます。

海上遊歩道


森浦湾の海上遊歩道は、すぐ側にバンドウイルカのいけすがあり、タイミングが合えば給餌シーンを見られます。
また、いけすから出て自由に泳ぐハナゴンドウが、近くの水面に顔を出すかも。
無料ですのでお気軽にお立ち寄り下さい。

吉野熊野国立公園に指定されている海岸美


太地町は半島形の小規模な町で、町全体が熊野灘に面し、海岸線は豪壮優美なリアス式を形成しています。西南に那智山系を配し、北西に森浦湾の静かな入江、北東には常渡半島、南東には平見の丘陵地を擁して、その中心に天然の良港とされる太地港があり、南岸の河立から継子投(ままこなげ)・梶取崎(かじとりざき)・燈明崎(とうみょうざき)にいたる海岸線や常渡(くじら浜公園)の風光明媚な眺めは大自然のパノラマと絶賛を受け、昭和11年2月1日、吉野熊野国立公園として指定されています。

くじら浜海水浴場


毎年多くの観光客で賑わいを見せる『くじら浜海水浴場』。普段は場内に設置されたイケスの中にいるクジラ達を海水浴場内に放ち、間近で観察することができます。
場内にはトイレ・シャワー・脱衣所が完備されており、すぐ近くには駐車場も設置されています。
※クジラの泳ぐ場所は水深が深くなっているため、小さなお子様などをお連れの場合は、ライフジャケット等をご着用いただくようお願いしております。

くじら祭り


毎年11月の第1日曜日に開催。太地漁港ふれあい広場にて、地元特産品の販売や郷土芸能の披露があります。
食べ物バザーや鯨肉販売もあります。

太地町立くじらの博物館


世界一のスケールを誇る太地町立くじらの博物館には、鯨の生態や捕鯨に関する資料などおよそ1,000点に及ぶ貴重なものが展示されていて、わが国古式捕鯨発祥の地として過去から現代までのおよそ400年の歴史を目の当たりに興味深くひもといていただけます。
博物館内には、鯨類骨格標本、古式捕鯨に用いられた道具、古式捕鯨を模したジオラマ、近代捕鯨の銛や大砲、キャッチャーボート模型などクジラと捕鯨のことが詳しく展示、解説されています。

観光地 施設

太地町の観光地 動画No1

太地町の観光地 動画No2

太地町の見て、食べて、聞いて、感じて、触れての五感を感じとれます。

くじらのモニュメント


ふるさと創生事業の一環として、平成3年の夏に設置されたもので、実物大のザトウクジラの親子が観光客を出迎えてくれます。当初は国道から町内への道路上部にアーチ上に設置されていましたが、東南海沖地震等、大規模災害に備えて現在の場所へ移されました。

捕鯨船


平成24年2月に陸揚げされた捕鯨船、第一京丸です。第一京丸は、北洋・南氷洋捕鯨で活躍した共同船舶株式会社の捕鯨船(全長69.15m、総重量1150 t)です。
船内、外観、エンジン、厨房の食器なども操業していた当時のまま残しており、内部の一般公開は行われていません。


周辺観光案内

燈明崎


その昔、「室崎(ムロザキ)」と呼ばれていましたが、いつしか「太地崎」に変わり、寛永13年(1636)10月13日、新宮藩から派遣された士分(武士の身分)が常駐する鯨油を利用した燈明灯台が設置されてからは「燈明崎」となりました。
ここには古式捕鯨を偲ばせる狼煙場跡や復元された山見台・燈明灯台があり、太平洋を一望することがます。
また、太地は昔「室崎」または「牟漏崎」とよばれていたことが紀伊国続風土記などの文献にあることから和歌山県の東西、三重県の南北にある「牟婁郡」の由来はここにあるという説もあります。

梶取崎


梶取崎という地名は、一般に熊野灘を航行する船舶がこの岬を目標にして進路をたて梶を取ることからついたといわれています。
梶取崎の岬の原は芝生のじゅうたんが敷き詰められ、白亜の灯台、夫婦(メオト)ビャクシンとともに美しい風景を造形しています。
この灯台は明治32年に設置された無等不動白色の灯台が現在に至っているものです。
一方、夫婦ビャクシンは、2本の木が絶えず吹き付けるきびしい潮風に耐え腕を組み合うようにしてたくましく成長していく姿が人生を力強く生き抜く夫婦に例えられ、そう呼ばれるようになったのだろうということで、高さは10m、幹周りは250cmを共に越え、樹齢は350年余りと推定されています。
梢を渡る風の音が、この木の下にたたずむ人々の心に安らぎを与え続けていくことでしょう。

夏山園地


夏山には石碑と五輪塔があります。
宝徳4年(1452)に建てられたこの石碑は太地で最も古いもので、男女2名の供養碑と考えられます。男性の戒名は道空禅門、女性(禅尼)の方は判読できません。石碑を建てた願主の一人は泉阿(せんあ)という行者で、宝徳2年(1450)に近くの弁財天神社を建てた但馬一宮出身の千阿(せんあ)と同一人物でしょう。もう一人の願主名は判読困難ですが、南都(奈良)に住む橘光次でしょうか。
石碑の背面にある「十穀」とは十穀聖のことです。泉阿は穀物を絶って、岩屋寺として開山した洞窟で修行したのでしょう。五輪塔にも泉阿の文字が刻まれているはずですが判読困難です。


体験

ドルフィンスイム


とにかくイルカと遊びたい!!イルカと泳ぎたい。そんな夢をかなえてくれる、かわいいイルカ達と思う存分遊べる楽しいプランをご用意しています。
事業所名:太地町立くじらの博物館、ドルフィンリゾート、ドルフィンベイス

まち歩き


ガイド団体:たいジオ。